阿部雅龍タイトル

  ものすごい引力。彼が高座に上がった瞬間から目が離せない。
 いくつもの声色、表情、しぐさを使い分け、その身ひとつで瞬時に噺の世界をつくり上げる。見る人はぐいぐい引き込まれ、気付くと頬が痛くなるほど大笑い。
 強力な笑いの磁場を生み出す、この迫力と引力が上方落語だ。

 本県では、笑いで地域を元気にしようという趣旨で企画された吉本興業の「住みます芸人」プロジェクトでおなじみだろう。秋田在住2年目、「会いに行ける」落語家である。生粋の関西芸人だが、どんな縁で秋田に来ることになったのか、その点と線をたどってみよう。


落語は「一生もの」

 出身は神戸市。「小さい頃はいかに目立つかを常に考えてるような子だった」。野球などのスポーツが好きな 一 方で、かなりの読書好きな一 面も。落語家にとって「リズム」や「想像力」は大切なものだというが、そういった生来の筋の良さは、将来進む道への伏線だったのかもしれない。
 大学生になるまでは、落語の「ら」の字も知らなかった。「ある時構内でたまたま見かけた、古典落語の『道具屋』がびっくりするくらい面白くて」落語研究会に入会。古典落語を懸命に練習する傍ら、創作落語もつくり始める。
 「僕は〝いっちょかみ〟言うて、いろんなことかじるけどすぐに飽きてしまう性なんですよ。でも落語は違った。二度と同じ舞台がなくて奥が深い。一生やっても飽きないと感じました。その時のテンションが今でもキープできているから、いろんな商売ありますけど、僕にはこれ(落語)だけやったんやと思います」

修業、独り立ち、そして
 大学卒業後に、桂三枝に弟子入り。「就活」と称し見に行った舞台で即決したという。「師匠が袖から出てくるだけで会場の空気が前のめりになるんです。華があってかっこよかった」
 上方落語界では、修業期間は約3年と決まっている。その間、休みもプライベートもなし。車の運転、師匠の身の回りの世話、礼儀作法、着物の扱い方、そしてネタ…落語家として必要なものをすべて教わるという。
 1997年晴れて「三若」の屋号をもらい独り立ち。2001年「NHK新人演芸大賞」大賞受賞。2005年「大阪文化祭賞」奨励賞受賞。華々しい経歴が並ぶが、独立後しばらくは、師匠の独演会の前座のほかは、結婚式の司会やバラエティー番組への出演が中心だったという。
 「着物よりタキシード着てるほうが多かったんちゃうかな。当時は大阪に寄席小屋もなかったし、小さい喫茶店借りて月に2、3度落語できればいいほうで。器用なこともあって、落語以外でも仕事いただいて収入は増えていったけど、だんだん何か溜まってきて」
 そして、ある決断をする。

落語とバイクと旅
 「落語以外はせえへん」
 2007年、ほぼすべての仕事を断って、住居も引き払いバイクで日本一周の旅に出た。持ち物は寝袋、パンツ、落語。「全国落語武者修行ツアー」と銘打ったそれは、行き当たりばったり、飛び込みで落語会を開き、その収入で旅を続けていくというもの。
 「舞台とお客さまがいればどこでもいきます」を合言葉に、ある時はバーカウンター、ある時は病院のベッドの上で、47都道府県で落語を披露すること471回。
 「秋田で行ったのは由利本荘、大仙、八郎潟、男鹿、秋田市、大館。みんなおもてなしの心があってやさしかった。民家に泊めていただいたときは、朝の5時からきりたんぽが出ましたけど(笑)」
 約一年の旅を通じて確信したのは、落語という芸の底力、人間のやさしさ、日本という国の美しさ。「落語ができたら、どこでも人を喜ばせることができる。あの旅がなかったら、落語家としてどうなっていたかわからない」
 自分と、落語と向かい合った日々、得たものは大きかったと振り返る。そこにあるのは、どこまでも真摯な姿勢と気骨。舞台にもそれがにじむから、見る人は引き付けられる。

桂三若2「住みます芸人」日本一に
 旅の終わりから考えていたことがあった。「今度は気に入った県に1年くらい住んでみたい」。するとまるで引き寄せたかのように「住みます芸人」プロジェクトの打診があり、秋田へと希望を出したのだという。そして2011年に移住。その後の活躍ぶりは周知のとおりだ。
 自前の劇場(SJK劇場・秋田市大町)や県内各地での寄席開催、テレビ・ラジオなどへの出演に加え、秋田魁新報へのコラム執筆、毎晩のユーストリーム番組生配信(YNNチャンネル最多視聴数を獲得)など、幅広い活動が評価され「日本元気大賞2012」グランプリを受賞。受賞については「僕がとったというより、秋田県のみなさんにとらせてもらった賞」といたって謙虚だ。
 豪雪も体験し、秋田暮らしも慣れてきた。「秋田は春夏冬冬、秋はどこにあんねんっていうくらい冬が長かったですね。雪道運転中、轍にはまって助けてもらったりもしました。秋田の人は穏やかで我慢強い印象。笑いは我慢せんでええけどね(笑)」
 この先も、県内各地で落語会の予定がびっしり。県の広報番組「あきたびじょん+」をはじめとした方々のメディアでも、目にする機会は増えるだろう。
 ただ、インターネットや電波に乗って伝わってくる、いわゆるタレント的な多彩さも間違いなく彼の魅力だが、それも芸の「引き出し」のひとつということを忘れないでほしい。
 言うまでもなく、彼が持つ最大の魅力は高座にこそ宿るもの。落語家ならではの華やかさと人情味。何十分という時間を片時も飽きさせない引力、感嘆するほどの声量、お客さんの頬をみるみる緩ませていく話術… その一切合切が彼の落語の醍醐味であり、その「すごさ」を体感したいなら、やはり生の寄席に足を運ぶべきである。
 「落語は罪のない芸。誰かを傷つけたり、貶めたりするものではありません。朗らかな気持ちになるものだから、気軽に聞きに来てほしい」
 何かと暗い話題も多い本県に、「お笑い大使」として彼がやってきたことにはきっと意義がある。「秋田にはできるだけ長くいたい。田舎に家買って、畑もやってみたいですね」
 そんな言葉と、本県と上方落語家とのうれしいご縁を素直に喜んで、一度ならず何度でも「生」の落語にふれて元気をもらいたい。

(2012.6 vol94 掲載)


桂三若1
かつら・さんじゃく
1970年神戸市生まれ。1994年神戸学院大学、落語学院を首席で卒業後、桂三枝に弟子入り。2007年「桂三若全国落語武者修行ツアー」と称し、47都道府県で471回の落語会を開催。2008年、旅をまとめた『ニッポン落語むちゃ修業』刊行。2011年から吉本興業の地域活性化プロジェクトの「住みます芸人」として秋田県在住。2012年、第1回「日本元気大賞」グランプリを受賞。落語界を担う若手の牽引者として期待されている。
オフィシャルサイト
http://sanjaku.net/

 

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