秋田生まれ、秋田唯一のちんどん屋。屋号は「ダースコちんどん隊」。チチンドンドン、太鼓と鉦を響かせて、笑顔振りまき練り歩く。
 鳴り物のリズムとともに現れたのは、着物姿に赤いカツラのちんどん太鼓、「おふらんすちえこ」。「レンゲ」が奏でるクラリネットに「ドゥル」の大太鼓。マリオの格好をした「チャーリー」に、皿回しとバルーンは「クラウンPちゃん」。白いアコーディオンを響かせるのは、紬の着物に前掛け姿の「カチューシャ安田」。
 入れ替わり立ち替わり、チチンドンドン、オッペケペー。どんなときも晴れやかに、どこか懐かしく、にぎやかに。幸せ気分と笑顔を届けにチチンドンドン、練り歩く。


ひらめきから始まった

 それは突然ひらめいた。
 「何もないところから生まれはしないとは思うけれど、アイデアは急に浮かんできた。ちんどん屋の出で立ちで歌いながら入場し、太鼓と鉦で合いの手を入れながら口上を語り、歌い上げるのはどうだろう」
 中学の音楽教師である一方、クラシックや現代音楽、朗読、芝居など自分の表現を追い求めて立ち上げた「ダースコダー音楽劇場」。教会を芝居小屋に見立てたコンサートは、次第に過激になっていた。心酔する宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」を自分なりに解体し、言葉の「音」や芝居の「身ぶり」の「演じ読み」で観客にどう楽しんでもらえるかを考えたとき、アイデアが突然、空から降ってきた。賢治の言葉に賢治が作曲した歌を絡め、また言葉、さらに歌…。
 「コンサートの構想を練っていくうちに、その手法として何の前触れもなくひらめいたのがちんどん屋だった。そのときは結局、実現しなかったのですが」
 あれから8年。まさか自分が音楽教師を辞め、ちんどん屋を本業にするとは思いもしなかったに違いない。

マイノリティに共感
 子どものころから人一倍、繊細な性格だった。多数派や体制派よりも、社会から虐げられた「マイノリティ(少数派)への共感や同情が強かった」と語る。父が病気を患い、若くして視力を失ったことも関係していたのかもしれない。
 「アナーキーであまのじゃく、『寄らば大樹の陰』は絶対にいや。体制的なものには決して飲み込まれたくはない─。そんな反骨精神が俺のどこかに昔からあったのかもしれません」
 高校卒業後は作曲を学ぶため山形大学特設音楽科に進学した。そのころ「心を盗まれた」のがアングラ演劇。旅公演でテント芝居をしていた「黒テント」に魅せられ、芝居の追っかけをするなどのめり込んだ。帰郷して中学校の音楽教師になってからは音楽教育に熱中する。その一方、30歳を過ぎたころから心の中にくすぶっていたものが突然、わいてきた。学生時代に感化された芝居、朗読、クルト・ワイルやエリック・サティ、ベルトルト・ブレヒト、そして宮沢賢治…。それらを引っくるめて「おもちゃ箱をひっくり返したようなものをつくり上げたい」と立ち上げた「ダースコダー音楽劇場」のコンサートを重ね、やがて「ちんどん屋」の表現手法が生まれる。東京や富山でプロのちんどん屋の演奏を見てからは、大きなカルチャーショックのもとさらなる模索が始まった。

観客と同じ目線で
 2005年には、毎年富山市で開かれている全日本チンドンコンクールの素人部門に挑んだ。出場したのは「カチューシャ安田」、一番の同志である妻・千枝子さん扮する「おふらんすちえこ」、歌の上手な秋田美人「ミツホ」の3人。昭和の歌謡曲の替え歌やシャンソンを歌い、定型詩のせりふを絡めた後はイスラエル民謡や秋田音頭へと続く。スピーディーに、ナンセンスに。不思議な感覚をちりばめた構成、音楽性、テンポの良さに会場が沸いた。結果は初出場で、最優秀賞。いきなりの受賞が「ダースコちんどん隊」の方向性を決めた。
 数十年かけた音楽や芝居への思いの果てに生まれたのが「ちんどん屋」だ。自分が表したいものをそのスタイルの中にちりばめながら表現することが可能になった。それは、社会の中で必要とされながもさげすまれ、その言葉自体が差別用語とされた時代もあった存在。それでいてどこか懐かしく、どんな人からも愛される存在─。
 「いつも思っていたのが、演奏する側と観る側とが喜びを共有できるものでありたいということ。舞台と観客との垣根のない、ちんどん屋だったらそれができる。昔への懐かしさなのか、演奏中なのに『どこから来たんだ?』とか『この曲、弾いてくれ』と話しかけてきて、無防備な笑顔を見せてくれる。同じ目線で一緒になって楽しさを分かち合えるんです。それまで10年以上かかってもできなかった観客との関係性が生まれたのが、うれしかった」

幸せと笑顔届けに
 ちんどん屋として歩き始めた後も順調だったわけではない。カチューシャ安田ではなく安田典夫本人が仕事と表現のはざまで発病したうつ病との格闘に、妻・千枝子さんの闘病もあった。そして2010年、音楽教師を辞めてちんどん屋を本業に再出発を果たす。80現場だった09年から翌年には120現場に増え、県内のみならず全国各地を駆け巡る。
 「ダースコちんどん隊」のメンバーも多種多彩だ。「カチューシャ安田」と「おふらんすちえこ」の2人に、ロックやブルース、アングラ演劇などを染み込ませた体で狂おしく歌う「たまじろう」が加われば、泥臭くもパワフルなパフォーマンスに。トランペットにちんどん太鼓、お座敷芸となんでもこなす「ぢゃいこ」と、クラリネットと替え歌上手の「レンゲ」の2人が組む「スットンキョー姉妹」も魅力十分だ。
 ちんどん屋ならではの宣伝活動やイベントの盛り上げから、お座敷でのパフォーマンスまでなんでもあり。ちんどん太鼓と鉦とともに奏でるのは、懐かしの歌謡曲に民族音楽、シャンソン、オッペケペー、バナナのたたき売り。入れ替わり立ち替わり、一緒に楽しく、にぎやかに、生きる証をかみしめて。幸せ気分と笑顔を届けに、チチンドンドン、練り歩く。

(2011.6 vol88 掲載)

カチューシャ安田
1953年秋田市生まれ。本名、安田典夫。秋田県立秋田高校、山形大学教育学部特設音楽科卒業。91年に結成したダースコダー音楽劇場をはじめとした音楽、朗読、演劇活動等を経て、2004年「ダースコちんどん隊」結成。全日本チンドンコンクール(素人チンドンの部)において05年、07年、09年に最優秀賞受賞。2010年3月、32年間勤めた公立中学校教諭(音楽)を早期退職。4月、専業のちんどん屋として再スタート。アコーディオン、トランペット、歌、ゴロス(大太鼓)を担当。ちんどん屋の他、合唱指導、編曲、アコーディオン奏者としても活躍する。著書に『教師をやめて、ちんどん屋になった!』(無明舎出版)。潟上市在住
○ダースコちんどん隊 http://www4.plala.or.jp/dahskodah/
○依頼先 018-873-3715/090-7796-1027

 

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